306平均律の魅惑
記憶というのは曖昧なもので、左サイドバーの窓で検索してみると、ここ徒然で53平均律について触れたことはなかったようである。さらに昔の、掲示板日記の頃に書いたのかもしれない。備忘録として再びメモ。
オクターブを指数的に12分割した平均律では、五度が美しく鳴らないのがすこしさびしいのだが、考えてみるまでもなくそんなことは当然である。「あそびをせんとや」さんが、以前に爽快にコメントされた*1ように、2のべき乗の系列に、3だの5だのの比が出てくるはずもない。
とはいえ12平均律がそれなりに機能しているのは、以下のように5度の12回の積み重ねが、オクターブの7回の積み重ねに似ていることに主に因る。人間の耳は割と大雑把で、というよりも脳は割と柔軟で、音程が近ければ、それなりに勝手に補正して聴いてしまう。
(3/2)^12 ≅ 2^7
自然にアタマに浮かんでくるのが、とはいえ分割の数を増やしていくほど、もっと美しく五度が鳴る平均律が見つかるはずという期待である。当然のことながら、そんなことは昔のひとがとっくにトライしていて、53平均律はそのようにして発見されている。こいつの根拠は主に、5度の53回の積み重ねが、オクターブの31回の積み重ねに似ていることにある。
(3/2)^53 ≅ 2^31
「主に」などと勿体ぶったのだが、これだけたくさんの音があるんだから、そりゃ美しい3度だって6度だって入ってるよね。
さて、だとすれば同じ理屈で分割の数を増やして、もっと素敵な平均律が、いくらでも見つかるはずと思うだろう。要するに、
(3/2)^n ≅ 2^m
となるような2つの整数の組(m,n)を探してくればよいわけだ。両辺の対数をとってそれぞれ入れ替えれば、
n/m ≅ log2/log3 ≅ 1.5849625
であるが、このくらいスグに見つかりそうだ。ユークリッドの互除法みたいな感じ*2で、ちまちまと53以降のそれを探してみよう。
【みなさんのちまちまタイム】
ほうら出てきた!これが今日の表題であるところの、306平均律である。ううむ素敵。
(3/2)^306 ≅ 2^179
こうなってくると、五度はもうほとんどバッチリである。あまりのシビれ具合に調子に乗って、もうひと回りぐるっと探すと、こんどは665平均律なんてのが視界に入ってくる。
(3/2)^665 ≅ 2^389
うへえ、もうヤバい。何せ1200平均律とは、要するに「セント」のことだ。これに無限に接近して、既にひとつの音程は約2セントである。笑うほかない。うふ。
いやね、どうしてこんなしょうもない作業に、わざわざ取り組んでみたのかって、つまり極限を見つめることで、世界観を拡張させたかったのです。665個も音があれば、その選択にはどうしても理念や方針が必要になってくる。2セント隣りの音でなく、まさに君を選ぶ理由はおそらく、時間軸上に練られる音律プラン*3におけるそれと、そっくりに違いない。
そのときどんなふうに聴こえてほしいのか。21世紀の音律論、もしそんなものがあるとすれば、時間軸と和声学を強く意識したものにならざるを得ないだろう。そしてその意識が次第に強く具体的になるとき、他方で複数の解釈を許容する、懐の広い12平均律の魅力もまた同時に、見直されるに違いない。